インターネットでの地域メディアの運営ノウハウを共有する連載は5回目を迎えました。そろそろ、地域メディアを実際に立ち上げるための準備を始めていきます。
まず、最初に考えることは「何のためにやるのか」という根本的な部分です。目標や目的を明確にしておかなければ、後々で苦労することがあるためです。
「とにかく作ってみたい」は間違いなのか
一般社団法人地域インターネット新聞社で編集長をつとめている西村健太郎です。
「地域メディアを立ち上げたい人は多くいるので、この連載を始めた」といったことを第1回の自己紹介部分で書きましたが、話を伺っていると、意外に考えられていないのが「何のために作るのか」という部分です。
もちろん、「とにかく作ってみたい」とか「定年後に時間ができるから」とか「興味や関心があるから」といった理由でもまったく問題はないですし、インターネット上での情報発信は、あまりお金がかからず、立ち上げること自体は難しくないので、リスクはほとんどありません。だから「とりあえず作ってみた」との姿勢も悪くはありません。
ただ、“とりあえず系”の場合は、長く続けるのが難しいという傾向があります。
あるネットに関するビジネスをしている人の場合、「自分が住んでいる街のメディアをとにかく作りたいんです!」と熱く語り、1週間もしないうちに立派なサイトを作り上げました。
そのスピード感には「さすが……」と感心させられたのですが、“作ること”自体が目的だったためか、多忙になったのか、5日間ほど記事を公開した後は現在まで1年以上放置されたままです。
まさに“とりあえず”だったわけですが、せっかく時間をかけてサイトを立ち上げたのに、わずか5日間の運営では、ビジネス面で得られるものはほとんどないでしょう。時間も労力ももったいない……。
ネット上には、こうして打ち捨てられた地域メディアの“残骸”が無数に存在しています。人のことを暴露していながらも、自分自身もそうしたサイトを作って放置した経験があります。だから、今回は自己反省を込めて書いていきます。
「何のために」を一歩踏み込んで考える
自身の経験も踏まえて言いますと、「とにかく作ってみたい!」と思った時、時間の浪費を避けるためには、もう一歩だけでも踏み込んで「何のために」ということを考えてみる必要があるように思います。
考え方の一例をあげてみますと、
- とにかく作ってみたい → 時間があるから → 目的:暇つぶしにつなげる
- とにかく作ってみたい → 人の役に立ちたい → 目的:ボランティア活動などにつなげる
- とにかく作ってみたい → 面白いことをやりたい、人とのつながりを作りたい → 目的:イベントやコミュニティの立ち上げ・深化につなげる
- とにかく作ってみたい → 自分自身や自分の商売(店舗・会社)、団体を目立たせたい → 目的:自己(自社・団体・個人)PRにつなげる
- とにかく作ってみたい → 収入の足しにしたい → 目的:広告収入につなげる
- とにかく作ってみたい → メディアビジネスをやってみたい → 目的:収益事業につなげる
一歩踏み込んで考えてみると、色々な目的や目標が見えてきます。
突き詰めると、1つの目的や目標だけに絞り切れず、「ボランティアにつなげ、収入の足しにもしたい」とか「暇つぶしの一環で、自己PRもしたい」とか「自分の商売を目立たせながらも、メディアビジネスにつなげたい」など、複数の目的や目標も出てくるのではないでしょうか。
そこまでして立ち上げる価値はあるのか
さらに目的・目標を深く考えていくと、次のような疑問や課題に突き当たりることになります。
- 暇つぶしにつなげる → もっと有意義な暇つぶしができるのではないか、地域情報を発信して本当に楽しいのか? → Facebookで自分の趣味を発信しているほが読んでもらえるし、「いいね!」と褒めてもらえるので楽しいかも
- ボランティア活動などにつなげる → メディアをやるより先にボランティアなどを実践したほうが有意義ではないか? → ボランティア活動の時間が削られてしまうので無駄かも
- イベントやコミュニティの立ち上げ・深化につなげる → メディアをやるより先にイベントを企画して、Facebookでメンバーを募ったほうが早いのではないか、資金はクラウドファンディングで集める方法もありそうだ
- 自己(自社・団体・個人)PRにつなげる → “自分サイト”や自社サイトではなぜダメなのか? チラシやSNSなどもっと手間のかからない手段はないのか? → まずは自社(自分)サイトを充実させる、あるいはSNS(Twitter/Facebook/LINE/インスタグラム[Instagram]など)を始めてみたほうが早そうだ
- 広告収入につなげる → 本当に広告収入が得られるのか? 労働対価に合うものなのか? → グーグルアドセンス(Google AdSense=インターネット広告)は良くて1PV0.5円以下らしい、労力の割には収入は少なそうだ、小遣いにさえなるかどうか……
- 収益事業につなげる → 地域メディアは事業化できるのか? 成功しているモデルはあるのか? 自社(自分)にそのノウハウはあるのか? → ビジネスとして成功している地域サイトは少なそうだ、サイト制作費や人件費などの初期投資を考えると難しいのではないか
こうしてさらに突き詰めると、地域メディアは「そこまでしてやるものではない」との結論が導かれることもあるはずです。「そこまでしてもやるもの、やりたい」という結論が出た場合は、今すぐ始めても大丈夫です。
既存地域メディアの「成功モデル」を参考に
前回(第4回)では「紙」の時代から存在する「伝統的な地域メディア」や、インターネットの地域メディアでもっとも著名かつ大規模な「みんなの経済新聞ネットワーク」がどんな目的や目標で運営されているかをご紹介しましたが、これらの“真似”するか、あるいは参考にしながら、独自性を加えていくというのも一つの方法です。
ビジネス面での成否は明確ではありませんが、長年にわたって運営を続けているのは、地域メディアとしては一つの「成功モデル」と言えるからです。
成功モデルを真似することは決して悪いことではありません。また、じわじわと拡大を続ける「みんなの経済新聞」への加盟を検討してみてもいいでしょう。
伝統的な新聞メディアが掲げる「政治(行政)を監視し、民主主義を守る」というのは今も大小の新聞社が金科玉条としていますし、商業や人を通じて「経済」を活性化するという目的や目標は、メディアとしては分かりやすく、読者に受け入れられやすいからこそ、今もフリーペーパーやタウン紙・誌、ネットメディアが多数存在しています。
既存の地域メディアは、「なぜ読者に受け入れられているのか」「今も残っているのか」を詳しく検討してみると、自ら地域メディアを立ち上げる理由や目的が見えてくるかもしれません。
自分の深層を自ら探るのは難しいのですが、“他人”の行動を見ることで、何がしたいかのヒントが見えてくることはよくあることです。
迷った時に戻れる不動の「柱」を持つ大切さ
これまで、地域メディアを立ち上げる目的や目標を検討する際の考え方について、一例を示してきましたが、ここまでしつこく書いているのは、最初に考えておかないと後で苦労することを自分自身が体験してきた(いる)からです。
連載第1回の自己紹介の部分でも少し触れましたが、一つの参考として、私が立ち上げた「横浜日吉新聞」という地域メディアの事例を紹介します。
まず、横浜日吉新聞をなぜ始めたのかを突き詰めてみると、
自分が欲しかったから
という実に自分勝手な理由でした。名付けるならば“自分勝手メディア”。自分のために自らの時間と微々たるお金を使って「とりあえずやってみた」というのが実態です。
その頃は住む地域の情報を得たかったので、自分の知りたいことを知るためにメディアという形をとった、とも言えます。知ったことを誰かと共有したほうが続けられると思ったからでした。
だから他の媒体を参考にすることも、目的や目標を深く考えることもありません。あえて言えば、目的は「自分が知りたいことを知る」ということです。
趣味で“自分勝手メディア”をやっていくうちに、「自分の知りたいこと」と「同じ地域に住む多くの人が知りたいこと」が同じではないか、ということに気づきます。
立ち上げ後2~3カ月も経つと、「本業」の会社員として時間と金(会社のお金)を費やしているメディアよりも読まれるようになりました。
当時、会社員として運営していたIT関連のメディアは、7~8年の期間と億円単位の事業資金が投入されていたこともあり、一定の知名度はありましたが、ネットメディアとしてはほぼ無名。それよりも、わずかに少ない期間とお金しか投入せずに始めた地域メディアの方が人気を集めたのです。
長年メディア運営に携わってきた直感から、「読まれている」という一点において地域メディアの必要性を感じ、これは真剣に運営してみる価値はある、と判断。会社員として長年携わってきたIT関連のメディア運営を諦めて会社を退社し、横浜日吉新聞の運営に本気で取り組むことに決めました。
ところが、元は“自分勝手メディア”から始めていますので、その時点では、
「何のためにやるのか」という部分が希薄
だったのが実態です。
読まれる内容を発信していく、というのはメディアとして一見すると間違っていないようにも思えるのですが、悪く言えば「ご都合主義」。
たとえば読者の興味関心が「飲食店」にあれば、たとえ自分に興味はなく、必要性をそれほど感じなくても、レストランやらラーメン店やらを次々と取り上げていくことになり、「食べログ」の狭域版と何ら変わらなくなってしまいます。
そのうち「なんでこんなことやっているんだろう」と矛盾に気付いて、メディアを続けるモチベーションが続かなくなってしまいます。立ち上げ当初に感じた「面白さ」は、この時点ではすっかり消えているはずです。
私の場合は、苦しみながらも運営を続けて町を歩いているうちに、自身も感じていた「地域内での孤立」という課題を見付け、この解消に少しでも寄与したい、という運営目的にたどり着きました。
しかし、その間の“迷走”は、記事のカテゴリに一貫性がないなどの弊害となって、サイトを運営するうえで今も苦しめられています。
とりあえず走りながら考える
ということ自体は間違いではないですし、途中で軌道修正することもできないわけではありませんが、後々にどこかで苦労することになります。
地域メディアを立ち上げ、長く続けるためには、迷った時に戻れる「不動の一本の柱」を持っておくことが不可欠であると、今も痛感しています。
(※)本連載に関するご質問やご意見はこちらからお気軽にお寄せください